冷泉彰彦氏の論評に共鳴することがあります。

2020年の訪日観光客数4000万人、2030年には6000万人を目指すなど、「観光立国」の実現に向け遮二無二進んでいる観のある日本ですが、「観光業が国を立てる存在として期待されるのは経済敗北主義」とするのは、アメリカ在住の作家・冷泉彰彦さん。

冷泉さんは自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』の中でその理由を記すとともに、我が国は金融やソフトウェアと言った21世紀の最先端の産業を立て直すべきと提言しています。

大疑問、観光立国とアベノミクスの相性は大丈夫か?

最初に申し上げておきますが、私は日本の観光業が発展することはいいことだと思います。その意味で、現在は年間3000万人ペースで推移している訪日外国人を、4000万から6000万に拡大する計画についても異論はありません。

 また、観光業界などが観光立国を宣言したり、2014年に日本観光振興協会が「観光立国推進協議会」という会合を発足させたりしている動きにも反対はしません。それぞれの業界が、自分たちが国を背負うという気持ちで、産業の拡大に努力することは正しいからです。

 また、個々の都道府県レベルで、知事や各市町村長などが観光業の拡大旅行者受け入れの拡大に努力するというのも当然のことと思います。

ですが、その観光立国協議会に経団連や日本商工会議所といった、全国レベルの財界が強く関与したり、政府の高官が「日本は観光立国を目指す」とか、あるいは「観光先進国を目指す」という発言をするのは間違っていると思います

 観光業というのはまず「余暇産業」です。可処分所得が大きく、労働時間の短い、従って一人当たりGDPの高い先進国は、この観光業の消費側カスタマー)になります。日本の場合も、高度成長の結果として好景気を謳歌していた70年代から90年代というのは、海外旅行というのは大ブームになっていました。

 一方で、観光業というのは「労働集約型のサービス産業でもあります。供給側から見ればそういうことです。その場合に、全産業の平均では旅館にしても、交通機関にしても固定的な設備投資が相当に必要ですから資本収益率は決して良い商売ではありません

また多くの現場要員を必要としますから、全平均の賃金水準も産業として高くはありませんし厳しい長時間労働が伴います。

ですから、他に主要産業があって健全なGDPを形成していて、そこに乗っかる形で、「プラスアルファ」の経済として、観光業が存在するのであれば、正しいのですが、観光業がそれで国を立てる存在として期待されるというのは、これは経済敗北主義であり簡単に見過ごせるものではありません。

更に言えば、この「観光立国」というのは、アベノミクス全体のストーリーがマズい方向に行っているということも示しています。

 アベノミクスについては、まず通貨政策による円安誘導で株高が現出しました。それは良いのです。2000年代までのように「円安になると輸出産業が潤う」ということよりも、「円安だと海外で稼いだ利益や海外市場で形成された株価が膨張して見える」ということの方が大きかったわけですが、それも別に悪いことではありません。

ですが、当初の計画では、「そのように国内で株高を実現しておいて」その間に、「第三の矢」である構造改革を行って国内の生産性を高め産業構造を先進国型に戻していくということが(言葉は多少違いますが)想定されていたのだと思います。

 ですが、この「第三の矢」つまり構造改革は、ほとんど手がついていません。その結果として、産業界では「先端部分をドンドン外に出す」ということが加速しています。トヨタがAIの研究をシリコンバレーでやっているとか、日産のデザイン部門はカリフォルニアというように、市場に合わせた生産機能ではなく、基幹の最先端部分をドンドン空洞化させているのです。

市場ということでも、収縮する国内は見捨てて海外比率が高まっています。その結果として、収益は海外で発生し、それを連結で(合算して)決算すると「史上空前の利益」になるが、その利益は国内還流しないという構造でグルグル回っているのげ日本経済の現状です。

 貧困の問題も、地方衰退の問題も、非正規の問題も、全てはそこに原因があります。正しい構造改革を行って、先端産業を呼び返さなくては日本経済は先進国経済にはならないのです。

それでも、ホワイトカラー労働は残っています。それこそ「本社機能だけは日本に残している会社は数多くあります。ですが、そこには「生産性の低い日本語による事務仕事」が残っているだけで、こんなことをやっていては、やがて、その「日本語で事務をする本社」というのは淘汰されて行ってしまうでしょう。

 その結果、日本国内のGDPを支える主要産業としては、観光ぐらいしか残らないということになります。それは、21世紀の世界で最も重要な産業である、金融とソフトウェアが壊滅的であるということと見事に裏返しになっています。

その意味で、アベノミクス+観光立国というのは亡国の政策しか言いようがないのですが、それでも多くの野党が「これ以上の経済成長はいらない」などという引退世代の身勝手な寝言につき合っている中では、安倍政権以外のチョイスはないという現実もあります。これは悲劇を通り越して、喜劇としか言いようがありません。

しかも、これに加えて「人手不足だから移民を入れる」というのですから、大変です。観光業に関して言えば、現在は宿泊が中心ですが、飲食業界も移民導入の対象にする話が進んでいます。

どうしていけないのかというと、「やがて日本語の事務仕事が淘汰された時には猛烈な人余り現象が起きてしまうからです。国内に観光や福祉の仕事しか残っていない状況で、そうした仕事は生計費をスリム化できる外国人が抑えていたとして、日本人の雇用はどうなるのかという問題があります。

とにかく、金融とソフトウェアあるいはバイオ製薬など21世紀の最先端の産業を立て直して、高い教育を受けた人口がそれに見合う生産性を上げるように構造改革を進めるべきです。

その上で、観光業が「おまけのGDP」として乗っかるのであれば大いに結構ですが、その改革から逃げて観光立国というのはこれはダメだと思います。「観光先進国」というのは悪い冗談にしか思えません。
 ※ 観光業は、災害のダメージが大きすぎす。日本のような世界の災害大国で考えることもまちがっている。多くの訪日外国人いるときに巨大地震などが起こった時のリスクを読んでいるのか、想定外ではその理由を弁解にはできない国であることを忘れてはいけない。