日本の国の歴史も、戦争は勝てば官軍、負ければ賊軍と日本の歴史のなかでいわれてきた。そして一つの勢力に呑み込まれてきていた。そして一つの国になった。勝ったものを殺し葬った。そのあとで、時代がかわり負けた大将もきちんと葬られ墓が作られることになっている。戦争の形が変わってきたのは、外国との戦いである。朝鮮半島を侵略し、中国へも明らかに戦争をして、勝利しっていった。しかし、アメリカの参戦で形勢は逆転して、太平洋戦争で負けた。そこで、勝つこと、負けることを初めて感じ取る。勝っているときはほめられ陸軍大将、海軍大将、軍参謀長などともちあげられていた。ところが負けたとたんに敗戦の将になってしまう。そして。戦争責任。誰が戦争を始めたのかが追求され、当時の軍部の幹部が戦争責任者になった。これは、いまでも事故を起こせば代表が責任をとる。ならば、当時の戦争責任者は裁かれて当然。そこで国内で生じることは、戦争責任者は加害者であり、一般の兵隊達は被害者にもなる。加害者と被害者が一緒に葬られることは、一般的感情では考えられない。そこから被害者だけが、靖国神社に葬られていた。しかし、途中で加害者が一緒に葬られることになってから国内に反論が出始めた。なぜ合祀したのか。戦争で負けたもので死んだら同罪と考え、犯罪者ではないことにしたい勢力の策謀である。犯罪者はいつになってもかわらない。だから、合祀は間違っているので、その人達をまつる神社をつればいい。ようは、政権が自分の身内を犯罪者にしたくないということだ。
 戦争を遂行した人間を一国の総理が参拝するのはおかしい。