「トリクルダウン(trickle down)」という表現は「徐々に流れ落ちる」という意味で、大企業や富裕層の支援政策を行うことが経済活動を活性化させることになり、富が低所得層に向かって徐々に流れ落ち、国民全体の利益となる」とする仮説である[2]

主に小さな政府 政策の推進、新自由主義政策などの中で主張される。また「金持ちを儲けさせれば貧乏人もおこぼれに与れる」と主張することから、「おこぼれ経済」とも揶揄される。新自由主義の理論によれば、ジニ係数 が上昇したとしても、自由競争と国際貿易によって貧困層も含む全体の「所得が底上げされる」と考えられていた[3]

得税 法人税 の最高税率引き下げなど、主に大企業や富裕層が己の既得権益の擁護・増大を求める理論武装として持ち出されている

議論[編集 ]

トリクルダウン理論の考え方は、「全体の利益が増える方向の変化であれば、たとえその変化によって一部の人が損を被るとしても、そのような変化は望ましい」とする「ヒックスの楽観主義」のような考え方に拠っている[誰? ]。というのも、変化は一度限りではなく様々に何度も起きるので、ある変化によっては損を被るとしても、別の変化によって利益を得る可能性が高く、全体の利益が増える変化が続くのであれば、最終的にはほぼ全ての人にとって変化を拒絶した場合よりも良い状況を達成できている可能性が高いからである[要出典 ]

トリクルダウン理論に対しては、次のような批判がしばしばなされている。すなわち、トリクルダウン理論の考え方によれば、「投資の活性化により、経済全体のパイが拡大すれば、低所得層に対する配分も改善する」となるはずである[要出典 ]。しかし、現実にはパイの拡大が見られても、それは配分の改善を伴わず、国民全体の利益としては実現されない[誰? ]。つまりは「富が低所得層に向かって徐々に流れ落ち、国民全体の利益となる」はずであったものが、一部の富裕層の所得の上積みを以って「経済は回復した」ということにすりかえられているに過ぎない、というものである[要出 ]

経済学者ジョセフ・E・スティグリッツ は「トリクルダウン効果により、経済成長の利益は自動的に社会の隅々まで行き渡るという前提は、経済理論・歴史経験に反している」と指摘している[4]

経済学者の神野直彦 によると、トリクルダウン理論が有効となるには「富はいずれ使用するために所有される」「富を使用することによって充足される欲求には限界がある」という二つの前提が成立しなければならないが、現代では富は権力を得る目的で所有されているので理論は有効ではない、とされている[5]

トリクルダウン理論は、発展途上国 のように一般市民の所得が圧倒的に少なく一般市民の消費が国内経済に大して貢献しない場合、もしくは人口が少なくて国内市場規模が小さい小国家の場合は現在も有効である[要出典 ]。ただ、先進国 や人口が一定の規模を超える国々では一般市民の消費が国内経済に大きく貢献している為、トリクルダウン理論は必ずしも有効ではない[要出典 ]。近代国家は経済構造が複雑化しており、「富は必ず上から下へ流れる」といった単純な概念は当てはまらないのである[要出典 ]。トリクルダウン理論は、一般市民の消費が企業を支え、経済を回し、国家を成り立たせ、「富が下から上へ流れる」という状況を想定できなかった時代の理論ともいえる[要出典 ]

政治経済学者ロバート・B・ライシュ は、一部の富裕層が消費するより、分厚い中間層が消費するほうが消費規模は拡大すると主張している[6]

※日本においては、中間層が消費するほうが消費規模はかくだいするといわれるが、現実は中間層が一番苦しい状況に置かれているのである。一時的景気と失業率は改善するもの、財政赤字 は爆発的に膨張することになる。さらに、インフレーションからスタグフレーション に陥る。これを解決する金融政策を行わなければならない。

※これを活かすのには小さな政府にしなければならないが、日本の場合は、そうでないので、トリクルダウンはうまくいかない可能性が高い。

アメリカ[編集 ]

アメリカのロナルド・レーガン大統領の経済政策「レーガノミクス」は実行に移され、実際に景気や失業率は改善したが、財政赤字 は爆発的に膨張しビル・クリントン 政権まで解消されなかった。また、この時期には景気が回復されたが、何が真の景気回復の要因となったかについては議論が続いている。

1990年代までは所得の底上げが生じ、アメリカの下位20%に位置する世帯の実質所得 の変化をみると、1970年代には2%弱の増加にとどまっていたものが、1980年代には7.3%、90年代には12.2%増えている[3] 。しかし、2000年代に入ると上昇がストップし、2009年の水準は2000年対比8.4%も減少し「トリクルダウン」効果が消滅した[3]

多くの専門家の意見としては、当時連邦準備制度理事会 議長(アメリカの中央銀行総裁)であったポール・ボルカーen:Paul Volcker )が、スタグフレーション を解決するために既に正当な政策を始めており、回復要因はこの金融政策 にあったと見ている。また、レーガンの経済顧問を務めたデービッド・ストックマンen:David Stockman 、当時行政予算局 局長)は、後に、トリクルダウン理論はレトリックだったと述べている[要出典 ]